恋人の姿は紛れもない自分の鏡である -いい女といい男が結び付くわけ

中学生の頃、尊敬する恩師がこう言った。「結婚までは両目をしっかり開いて相手をみなさい」と。更に、こうも言った。「2階にいたら、2階にいる人としか出会わない。」当時は、軽くふーんとしか思わなかったが、あれから10年以上経ち、いろんな出会いと別れを経験したからこそ、とても恩師の言葉はよくわかる。

その言葉が言いたいこと、それは「共にいる二人はお互いを映す鏡」だということだ。長年一緒にいると顔が似てくるカップルや夫婦も多いが、人間性もそうかもしれない。価値観が似ていて理解し合えることも、お互いを惹きつけ合う理由だろう。そうした長所もさながら、短所も似ているのではないかとも思う。浮気性の人は浮気性の人とうまくいくように。そうでなければ、いざというときに互いを許せなくなってしまうのかもしれない。もちろん、浮気性の旦那をなだめ、うまく操っていく妻も存在するだろう。だが、その許容度が圧倒的に違えば、いずれその生活に破綻が待ち受けている。いずれにせよ、「似た者同士が引き合ってしまう」現実がある。

こうして考えると、いい男にだめな女、いい女にだめな男、というちぐはぐなカップルはなかなか成立し得ないのではないだろうか。時たま、どうしてギャンブルに走り、暴力をふるったりする男に、とてもいい女がついているのだろうと思わせるカップルもいるが、それはやはり何か「釣り合う」理由が潜在的にあると言える。例えば、それが、「NO」と言えない弱さだったり、依存心の強さだったりする。誰にでも短所はあるが、それが誤った方向に絡まってしまうと、更にお互いをだめにしていく。やっぱりお互いは映し鏡。で相手の姿が自分の姿や立ち位置を客観的にチェックさせてくれるものなのだ。

どうしていつもだめんずばかりにひっかかるのだろうと悩んでいるときもあったが、この事実に気付き、むしろ自分のレベルを上げることが解決策だと学ぶ。誰かのせいにするのではなく、自分を2階から3階へ早く上げられたものが、いいカップルになり、互いを磨き合える二人になるのかもしれない。